スコットランドにおけるインクルーシブ教育の現状と課題:その1
一、研究の目的
まず表1を見てみよう。この表は「ヨーロッパ特別ニーズ・インクルーシブ教育 機構(The European Agency of Special Needs and Inclusive Education)が2009~2012年度の各国のデータをもとに、2012年末に集約した各国別データを筆者が一覧表にしたものである。
Inclusive education の日本語訳であるが、周知のように外務省は「包容する教育」としている。他には「包括教育」、あるいは「排除しない教育」(公教育計画学会)などもある。筆者はこれまで「包摂共生教育」と訳してきたが、今回はカタカナ表記のままとする。
データは次のサイトで確認できる。https://www.european-agency.org/sites/default/files/sne-country-data-2012_SNE-Country-Data2012.pdf (20017年9月1日)
表1
注1 表中の「E:普通学級生徒数」としているのは、原語ではPupils with SEN in fully inclusive settingsである。しかし、スコットランドの場合には、時間数の20%未満ではあるが特別学級で学ぶ生徒の人数も含まれている。
注2 生徒数は国公私立学校全体である。
注3 データはオランダの2011/2012年度を除いてすべて2010/2011年度である。
注4 イタリアは1977年の法律第517号で特別学級を廃止。オランダ、ドイツはもともと特別学級制度がない。
注5 この時点でイタリアには71校の特別学校が存在しているとされているが、平均生徒数はたったの26名である。
注6 表中のE「普通学級生徒数」の英語は「Pupils with SEN in fully inclusive settings」
である。
注7 日本のデータは筆者が付け加えたものである。
1999年スコットランド議会・政府が復活する以前から、連合王国(the United Kingdom of Great Briton and Northern Ireland)の中でもイングランド、北アイルランド、ウェールズとは少し違う教育制度をつくってきたスコットランドは、2000以降、急速に独自性を強めてきている。
障害のある子どもの教育に関してスコットランドと他を比較してみても、違いがはっきりとみられる。一つは子ども全体に占めるSEN(special educational needs)のある子どもの割合がかなり違い、イングランドは2.80%、北アイルランド4.86%、ウェールズ3.07%でしかないのに、スコットランドは14.95%に上っている。これは後述するが、スコットランドでは2004年以降、SENという概念は使用しておらず、障害のある子どもを含め何らかの支援を必要とする場合を「追加支援ニーズ(additional support needs)」としており、かなり範囲を広げるようになっているからである。
SENとASNの違いに由来するかどうか今の時点では断定できないが、「inclusive settings」、つまり普通学校のなかの普通学級で学ぶ生徒の割合は、イングランドに比してスコットランドの方がかなり高くなっている。一方、特別学校で学ぶ生徒の割合は、スコットランドはかなり低くなっており、これはUKの他の北アイルランドやウェールズに対しても同様である。
本稿はUKのなかで独自の教育をすすめているスコットランドの障害児の教育に焦点をあてて、その背景と実情を明らかにするとともに、スコットランドのインクルーシブ教育についての思想性をも把握することにする。
二、スコットランドの教育制度の概要
ブリテン島の北部に位置するスコットランドは、面積は7,865k㎡で、人口はやく530万人 、移民の数は人口1000人につき4,1人になっている 。大都市は首都のエジンバラや有名な大学があるグラスゴー などである。
南部にはロバートー・オーエンが新たな工場経営や児童教育に取り組んだニューラナークがある。
前述のように、1999年、スコットランドは議会と執行機関であるスコットランド自治政府(Scottish Executive)が内政をすすめてきたが、2012年スコットランド法第12条第(1)項 によりスコットランド自治政府はスコットランド政府(Scottish Government)となり、今日に至っている。
スコットランド政府は主席大臣(First Minister)1名、副主席大臣(Deputy First Minister)
1名、大臣(Cabinet Secretary)9名(現在1名は副首相が兼務)および副大臣(Minister)15名で構成されている 。教育技能(Education and Skills)行政については、現在は副首相が大臣として兼任している。
このもとで職務を遂行する事務組織のトップは、総長(Permanent Secretary)1名、長官(Directors-general)6名、 課長(directorates)30名+αであり、教育は、地域社会(Community)および司法(justice)と一緒になっていて、教育・地域社会・司法長官が(Director-General Education, Communities and Justice)が担当している 。
この行政組織からは独立して、直接に学校などの教育を推進、支援する国家組織として「スコットランド教育庁(Education Scotland)」という執行エイジェンシー(Executive Agency )がある。その運営はExecutive teamが担っており、そのトップはChief Executiveでである 。
図1は、スコットランドの行政改革で、2011年に「スコットランド教育庁」などが設置された時の中央行政機構図である。上述のように、現在は首相のもとには「教育・技能閣内大臣」が注行きされている。
図2も当時のものであるが、大学・カレッジという高等教育機関と公立の初等中等学校、私立の祖長中等学校と政府との関係を示したものである。
図3は、中央政府内での役割分担を説明したものになっている。
三、障害児教育にかかわる法制度の変化
1998年スコットランド法 (Scotland Act 1998)の成立をうけ、1999年 スコットランド議会(一院制)が誕生した。この議会のもと政府が組織される。「選挙の結果は労働党が56議席を得て第一党になったものの過半数には及ばず、17議席を獲得した自民党との連立政権となった。初代のスコットランド首席大臣には、前のスコットランド相であった労働党のドナルド・デューアが任命された。」 とあるように、当初はスコットランド労働党政権であった。現在は、2016年の選挙結果により、スコットランド国民党が政権を担っている。
この間、スコットランド政府のもとで、さまざまな関連法が制定されてきている。
1. 1999年以前:1981年スコットランド教育法(Education (Scotland) Act 1981
スコットランドの自治権が大幅に拡大する以前の英国(UK)全体として、1976年のウォーノック報告を受けて制定されたのが1981年法(Education Act 1981)であった。以前は、「1944年教育法によるものであり、盲、弱視、聾、難聴、虚弱、糖尿、教育的遅滞、てんかん、不適応、肢体不自由、言語障害の11の障害カテゴリーが使われてきた(1953年に糖尿が虚弱に合併された)。ウォーノック報告では、(1)医学的視点からの障害のカテゴリーは、子どもが必要としている教育と対応していない、(2)障害を子どもの要因としてのみ捉えている、(3)障害のあるなしは、明確に区分されるものでなく、連続的なものである等の点が批判され、従来の障害カテゴリーの代わりに、「特別な教育的ニーズ」を用いることが提案
教育制度はイングランドに比較して単純である。
① 早期学習・ケア(Early learning and childcare , 3~4/5歳:family centres, nursery schools, nursery classes attached to primary schools, and childminders.)、
② 初等学校(Primary Schools, 4/5~12歳)
③ 中等学校(Secondary Schools, 12~18歳)
④ 特別学校(Special schools)、
⑤ 高等教育(大学&カレッジ)
となっている。
義務教育は中等学校第4学年、つまり16歳までとなっている。大学に進学する場合には第5、6学年に進まなくてはいけなない。中等学校は、基本は綜合制になっている 。
学校は、設置主体別で、32の地方自治体(Local Authoritiesが設置する公立学校(State School)と、私立学校(independent school)とに分かれている。ただし、政府補助学校(grant aided school)という公的学校が8校あるが、そのうちの7校が特別学校である 。
公立学校の学校数と在籍者数の2010年から2016年の経年変化は表2のようになっている。表1のデータと比較してみると、生徒数が表1の方が少なくなっている。これは、表1は義務教育年齢までの生徒数であり、表2は18歳までを入れているからである。
2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
1.学校
1)小学校 2,099 2,081 2,064 2,056 2,048 2,038 2,031
2)中等学校 372 367 365 364 362 361 359
3)特別学校 163 158 155 149 145 144 141
2.生徒数
4)小学校 365,326 366,429 370,680 377,382 385,212 391,148 396,697
5)中等学校 301,007 297,109 293,562 289,164 284,762 281,939 280,983
6)特別学校 6,800 6,973 6,976 6,984 6,981 6,920 6,735
合計 673,133 670,511 671,218 673,530 676,955 680,007 684,415
この公立学校の中には、370の信仰学校(faith schools )があり、うち 366校がカトリック系、1校がユダヤ教系、3校が聖公会系となっている 。
私立独立学校にも特別学校がある。2010年段階では42校存在していた。
三、障害児教育にかかわる法制度の変化
1998年スコットランド法 (Scotland Act 1998)の成立をうけ、1999年 スコットランド議会(一院制)が誕生した。この議会のもと政府が組織される。「選挙の結果は労働党が56議席を得て第一党になったものの過半数には及ばず、17議席を獲得した自民党との連立政権となった。初代のスコットランド首席大臣には、前のスコットランド相であった労働党のドナルド・デューアが任命された。」 とあるように、当初はスコットランド労働党政権であった。現在は、2016年の選挙結果により、スコットランド国民党が政権を担っている。
この間、スコットランド政府のもとで、さまざまな関連法が制定されてきている。
1. 1999年以前:1981年スコットランド教育法(Education (Scotland) Act 1981
スコットランドの自治権が大幅に拡大する以前の英国(UK)全体として、1976年のウォーノック報告を受けて制定されたのが1981年法(Education Act 1981)であった。以前は、「1944年教育法によるものであり、盲、弱視、聾、難聴、虚弱、糖尿、教育的遅滞、てんかん、不適応、肢体不自由、言語障害の11の障害カテゴリーが使われてきた(1953年に糖尿が虚弱に合併された)。ウォーノック報告では、(1)医学的視点からの障害のカテゴリーは、子どもが必要としている教育と対応していない、(2)障害を子どもの要因としてのみ捉えている、(3)障害のあるなしは、明確に区分されるものでなく、連続的なものである等の点が批判され、従来の障害カテゴリーの代わりに、「特別な教育的ニーズ」を用いることが提案された」 のであった。
これに合わせて同じ1981年に制定されたスコットランド教育法は、1980年のスコットランド教育法(Education (Scotland) Act 1980)を一部改正したものであり、したがって、以下の条項だけをみても全体をつかむものは難しいが、その構成は以下のようになっている 。障害のある子どもの教育にかかわる条項は第3条となっている。なお、雑則(miscellaneous;第6条から第20条まで)はここでは省略している。
Education (Scotland)
Act 1981
CHAPTER 58
ARRANGEMENT OF SECTIONS
Section Placing in schools
1. Duty of education authority to comply with parents' requests as to schools.
2. Provisions supplementary to section 1.
Special educational needs
3. Special educational needs.
4. Children and young persons with certain special educational
needs.
Assisted places scheme
5. Assisted places at grant-aided and independent schools.
Miscellaneous
同法の第3条に規定する「特別な育ニーズへの手立て(provision for special educational needs)」とは、「他の子どもたちが一般に受けている教育に追加される、あるいは、それとは異なる教育の手立て」であり、「特別な教育ニーズ」とは「その子どものために特別の教育的手立てを必要とする学習困難」である。その学習困難は、①同年齢の多数派の子どもと比べて、学習面でかなりの困難さを有すること、②その子どもが教育施設を利用できないか、利用を難しくさせるような障害があること、などとしている。ただし、家庭で使用している言語と学校での教授言語が異なっているために生じる学習困難はここでは学習困難とはしない。
「特別な教育ニーズ」についての「このような解釈は、子どもたちの社会経済的条件ではなく個々の学習を抑制する内在的要因に焦点を当てる傾向がある。」と批判されている 。
2. 2000年スコットランド学校標準法(Standards in Scotland's Schools etc. Act 2000)
新しくできたスコットランド新政府は、1980年スコットランド教育法のなかで不十分と思われた教育における子どもの権利保障を中心とする法律を制定した。なお、UKとしては1992年に権利条約を批准していた。それがこの法律である。
「子どもの権利と学校教育」を規定する第1条は「教育当局が直接に、または教育当局による手配によって提供される、または実施される学校教育はあらゆる学校年齢段階の子どもの権利でなければならない」としている。
第2条第1項は、「教育をすべての子ども・青年に提供することが教育当局の義務であり、その教育は子ども・青年の人格、才能、精神的・身体的能力をその可能な最大限度までに発展させるものでなければならない」とした。
これを受けて第4条では「the Scottish Ministers」は関係者との協議をおこなった上、国家としての優先順位を定めるようにもとめた。それは、法律自体には書いてないが、「学習の達成・到達、学習のための枠組み、包摂(Inclusion)と公平性、価値(Values)と市民性(Citizenship)、生涯の学習)」とされたようである 。
同法は教育・学校行政の権限移譲なども含むかなり包括的な法律であるが、本稿のテーマにかかわっていえば、第15条で普通学校(mainstream school)での障害児就学を規定したことである。きわめて重要な条項なので、以下に記載しておくが、施行されたのは2003年8月1日からである(下線、筆者)。
2コメント
2022.06.14 09:08
2022.06.12 11:24